株式会社インバスケット研究所 代表取締役 鳥原 隆志氏

株式会社システム科学 代表取締役社長 石橋 博史氏

特別対談 現代日本が抱えるマネジメントの課題-可視化の必然性-

インバスケット思考の第一人者である鳥原隆志氏と、
組織のメンバー全員が参加できる業務改善手法
「HIT法」を提案するシステム科学代表の石橋博史氏。
両者が考える日本の管理職の問題点とは何か。
また、インバスケット思考、HIT法を活用することで
どのような改善が行われるのか。
互いの経験を基に語り合ってもらった。

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日経ビジネスオンラインSpecialにて掲載中


インバスケット思考の第一人者である鳥原隆志氏と、 組織のメンバー全員が参加できる業務改善手法 「HIT法」を提案するシステム科学代表の石橋博史氏。 両者が考える日本の管理職の問題点とは何か。 また、インバスケット思考、HIT法を活用することで どのような改善が行われるのか。 互いの経験を基に語り合ってもらった。
判断を避けたい管理職たち

株式会社インバスケット研究所
代表取締役

鳥原隆志

株式会社ダイエーで10店舗を統括する食品担当責任者(スーパーバイザー)として店長の指導や問題解決業務に努める。ダイエー管理職昇進試験時にインバスケット思考に出会い、トレーニングを開始。日本で唯一のインバスケット教材開発会社として、株式会社インバスケット研究所を設立し代表取締役に就任。「インバスケット思考」など累計50万部以上の著者でもある。

──まず、日本企業の現場でキーとなるべき課長クラスの管理職の現状についてお伺いします。お二人は、ホワイトカラーの管理職が抱えている問題をどのように見ていますか。

鳥原 端的に言えば、“判断ができないこと”です。できないというよりも、判断を避けていると言った方が正しいかもしれません。私が講師を務める『日経ビジネス 課長塾』の講義中、受講者である課長クラス管理職に「自分の判断に自信があるか」を尋ねたところ、9割以上が「自信がない」と答えました。

石橋 そうした判断ができない管理職のことを、私は“NGK”と呼んでいます。「逃げる」「ごまかす」「隠す」の頭文字で。要するに、責任を負いたくないんですね。

──判断を避けたい、責任を負いたくないという傾向はどんな理由から来るのでしょうか。

鳥原 以前よりもマネジメントの範囲は広がり、難易度も増しています。それに、キャリアを積めず、マネジメントの教育もされずに現場のリーダーに任命されるケースも珍しくありません。昔は経験を積みつつ、失敗からいろいろなことを学べた。今は管理職の低年齢化が進み、失敗をすればすぐに競争から脱落してしまう。自分の判断で失敗したらと考えると、責任を持って判断できない環境です。

石橋 そうですね。一方で私は、現代のホワイトカラー最大の問題は「プレイングマネージャー」にあると考えています。本来、管理職の仕事は、全体を俯瞰して適材適所の仕事を部下に振り、そして自分は判断をする相談役です。しかしプレイングマネージャーは、部下の管理だけでなく実務まで抱え込む、いわば“何でも屋”です。現代のエレクトロニクス化の速度に事業管理のマニュアルが追い付かず、能力があればある人ほど「その人がいなければ成り立たない」というブラック企業のような環境が進んでしまう。本来管理職がやるべき仕事はたまるばかりです。

株式会社システム科学
代表取締役社長

石橋 博史

1962年から24年間、自動車機器メーカーに勤務。教育担当、人事、総務、工場長、社長室の職務を歴任。トヨタ生産方式、業務改善推進を担当する。1986年、システム科学を設立。業務革新の実践および「HIT法」を開発・導入し、2010年2月に「チャート作成システム及び業務プロセスの可視化法」で特許取得。

鳥原 そんな環境を見ているので、今の現場の20代で管理職になりたいという人は少ないですよね。また、そもそも本来やるべき仕事が何か分かっていない管理職も多いようです。

──鳥原さんは、管理職やリーダーの教育ツールや、企業の昇進昇格試験として使われる「インバスケット思考」を日本で研究する第一人者です。管理職としてのスキルを身に付けるために、インバスケット思考はどのように役立つのでしょうか。

鳥原 インバスケット思考では、問題発見力、問題分析力、想像力、組織活用力、判断力などが鍛えられます。具体的には、制限時間内に優先順位を付けて案件処理を進めることができるようになり、案件同士の関連など全体を見る視点が身に付く。これらは、判断を下す際に重要なことです。また、自分では処理ができない状況で部下や組織をうまく使うのもインバスケット思考の特徴の一つ。プレイングマネージャーとなってしまった管理職も、インバスケット思考で業務を整理すれば、本来自分がやるべき仕事がおのずと見えてくるはずです。

“可視化”で見えてくる「ムダ」と「本来の仕事」

──管理職の本来の業務である「判断」を行うためには、まず、現在の業務を整理して、任せられる仕事は部下に振る、という理解でよろしいでしょうか。

鳥原 強い言葉で言えば、「ムダな仕事をしないこと」ですね。自分の仕事を“棚卸し”して、本来やるべき仕事の基準を決める。その基準に照らし合わせて重要な業務に力を注ぐことが大切です。

石橋 ルーティンなど、誰にでもできる仕事はシステム化して部下に任せるべきですね。

──しかし、仕事に追われるほど、自分がやっている仕事を「ムダ」とはなかなか思いにくいものです。

石橋 その通りですね。そうした状況を開放するために、システム科学が提案するのが「HIT法(Human resource Intelligence Technology(知的人材生産性技法))」です。

──業務を可視化するHIT法によって、ムダも見えてくるということですね。HIT法のポイントを、読者にも分かるように改めてご説明していただけますか。

HIT法概念図 個人プロセスの可視化、部門プロセスの可視化、全体のBPR、経営の革新

HIT法では業務プロセスを可視化することにより、直面する課題を解決する。個人プロセス、部門プロセス、全社のBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)、そして経営の革新という流れをボトム、トップの双方からアプローチして経営革新を実現

石橋 HIT法は、業務プロセスを共通のチャートに落とし込み、分解・整理することでムダを発見して、分析し改善する方法です。先ほど、鳥原さんが「自分の仕事を棚卸しする」とおっしゃいましたが、HIT法では自分の仕事だけでなく、部下が何をやっているかも可視化します。デスクワークは属人的になりがちで、外から仕事が見えにくい傾向があります。部下の業務量・内容が分からないと、棚卸しした自分の仕事を部下に振ることもできません。

──業務量だけでなく内容まで可視化できれば、誰にどういった仕事を振るべきか分かりやすくなりますね。

石橋 極端な話、生産性が低い部下にはルーティンな仕事を振り分けることもできます。また、HIT法では他部署の業務も共通のチャートで可視化できるので、人材をうまく配置すれば、部署や時期による忙しさの偏りを平準化することにもつながる。生産性が上がることで時間に余裕ができたら、OJTに充てる時間もつくれます。

HIT法とインバスケット思考の共通点とは

鳥原 ムダな時間を削減して、勉強など利益につながることに使う考え方は、インバスケット思考でも同じです。以前、加工食品の売り場の業務にかかるスピードを計測して改善に取り組んだことがあるんです。1人当たり1時間ほど業務時間を短縮できたのですが、その分パートさんの労働時間をむやみに減らすのではなく、より利益が出ている商品の販売やライバル店の調査、食品工場の見学などに充てました。そうすることで、利益が生まれるサイクルができてくるんです。

──お二人のお話を伺っていると、インバスケット思考とHIT法には共通する部分も多いように感じます。

鳥原 インバスケット思考にも実際の作業を細分化して自分が置かれている環境を把握したり、時間を意識したりするトレーニングがあります。目指しているところは同じで、融和性も高いと思います。

石橋 インバスケット思考にHIT法を加えると、より効率化するのではないかと感じました。インバスケット思考では、業務を棚卸しして問題を発見して分析したり、業務の優先順位を付けたりする。この棚卸しの部分で、チャートや数値で業務を可視化するHIT法を活用すれば、さらに情報が細分化されて見えてくるので、問題の発見や優先順位も付けやすくなるのではないでしょうか。

インバスケット優先順位のマトリックス 緊急度と重要度の度合でABCDに区分する

緊急度・重要度が共に高い業務が「A」、緊急度は低いが重要度は高い業務が「B」、緊急度は高いが重要度は低い業務が「C」、緊急度・重要度が共に低い業務が「D」に分類される。「D」の仕事はすぐにやめるべきで、「C」の仕事も本来、管理職がやるべきことを再考する必要がある

鳥原 HIT法で驚かされるのは、システマティックに可視化できるチャートのしくみです。確かに数値やチャートで可視化するのは重要。我々はハンドメイドでやっていたのですが、インバスケットでは「優先順位のマトリックス(右図)」に当てはめて1週間の業務内容を細かく分析することで、自分が本来やるべき仕事をより明確にします。

石橋 「優先順位のマトリックス」は仕事の優先順位をつけるものですが、私たちも優先度管理という作業を行っています。ただしこれは、管理職の業務と言うよりも、経営に対してのアプローチ。会社全体の状況を半年ほどであぶり出して、「緊急で必要なもの」「今後、時間をかけて変えていかなくてはいけない制度やシステム」といった分類をしていきます。まさに、インバスケット思考ですね。

鳥原 実は、インバスケット思考でも、優先順位設定は会社全体で取り組むことをオススメしているんですよ。やはり、考え方の根本は通じるものがありますね。

効率化の目的はリストラではない

──インバスケット思考、HIT法。いずれも、うまく活用すれば業務が効率化されていきます。それは、管理職の減少、ひいては、人員の削減にもつながりませんか。

石橋 そう直結して考えてしまう人は多いでしょう。確かに、これまでの効率化や改善業務は、リストラにつながりました。しかし、目先の改善では、組織を利己主義に陥れてしまいます。リストラをしなくても競争には勝てる。HIT法の目的は社員を切り捨てることではなく、新戦力化することです。社員の仕事の内容や質まで可視化されるので、技術・品質・教育の強化など、各部署が欲しがっている人材を適材適所で配置することが可能になります。

鳥原 インバスケットも、単純に効率だけを求めるといった考えではありません。効率性を目的とすると、仕事は際限なく増えていきます。そうではなく、重要度の高い仕事に注力し、より質が高い仕事を行うことが目的です。

石橋 それに、先ほども話したように、効率化で生まれた時間で勉強をすることもできる。遅くまで会社に残って、ダラダラと仕事をする悪習もなくなるでしょう。ちなみに弊社では、17時になれば電気を落として、退社するように実践しています。

鳥原 それはすごいですね。現場では、遅くまで会社にいる人間が評価をされやすい傾向が多い。これは錯覚です。業務内容を可視化すると社員も帰りやすくなるでしょうね。

石橋 日本の現場では管理職が疲弊しています。ここを元気にすることが、日本の会社を元気にするポイントのひとつになる。インバスケット思考とHIT法をうまく使いながら、これを機会に何かできれば嬉しいですね。

「HIT法」が行う3つの改善

1	業務プロセスの可視化(見える)
2	業務プロセスのムダとり(改善できる)
3	業務プロセスの定量化(測れる)

HIT法は、業務を誰もが共有できるチャートに体系化することで、これまで属人的になりがちなホワイトカラーの業務を可視化するためのツール。所要時間・人材の投入量・コストに対する業務の価値を数値化して比較できるようにすることで、ムダの実態が評価基準を持って理解できるようになる。改善すべき業務は、チャートから取り除いて簡略化していくことで、より効率的なフローを実現。最終的には、マネジメントレベルの改革、経営レベルの革新へとつながる。